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◆ VOICE ◆
| 今・そしてこれから by tomo 2006/11/01 |
歳がばれちゃうけどw 人生の半分をバイクに乗っている計算になった。 初めは原付。乗り始めてすぐギア付きに乗りたくなった。 それから250−400と乗り継いで、今に至る。 今年は転職したり何だかんだであまり乗れてないけど、
私がバイクのオモシロさを感じてきた頃はもう既に日本にもMCやバイカー・1%er なんて言葉も普通に耳にしていたけど、昔の雑誌なんか見てると日本では そんなに歴史のある言葉でもないんだってことをハーレーに乗り始めてから知った。 バイクに対する思い、クラブに対する思い MCや1%erって聞くと たいてい「アウトロー」を思い浮かべるんだろうけど、私は少し違う。
以前 雑誌スタージスラリーの原点ともいうMCの記事を読んだ。 バイク好きな仲間が集まってツーリングはもちろん一緒にランチしたりレースしたり。 古くはジプシーズのようなクリーンなチームが多くを占めていたって話し。
私の背負っているベスト1%er MCへの思いは、世のイメージのアウトローでない。 ジプシーズのような気持ちを持って、バイクを通じて出遭った人たちと、 99%のアウトローな人(1%er)と違う人・・・残りの1%er! の考え。
AC創設以来 関わって来た方々の思いはそれぞれ違うので誤解はしないで欲しい。 あくまでも私個人の思い(考え)である。
一昨年くらいからメンバーの中で健康上の都合でバイクを降りざる負えなくなった方々が よき相談者である。これからも諸先輩方の教えの下に 私なりに楽しみたいと思う。
☆バイクの楽しさ クラブの大切さを教えてくれた 今まで縁してきた全ての人に感謝☆ これからも可能な限り 走りつづけるので宜しくお願いします! ASPHALT COWBOY tomo |
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| 無常 By tomo 2005/07/04 |
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起こった事柄を、善・悪・損・得・不幸・幸せetc…まさに十人十色。 1+1=2にようにその事象を簡単に解釈できるものはない。 起こった事象1つのことに対し、時が経つにつれ 人は思いに様々な変化が起こる。 今が大変なら、それはチャンス!大きく変わる事! そう捉えて何事にも前向きに進んでいきたい。 言うのは、かんたん。実際 行動するのは大変。 そう、大変な分 大きく変わる事を信じ、自分の思いを貫いていきたい。 自己主張しすぎず、それでも周りに流される事無く。 常住せず、世の中 常に生滅流転して、永遠不変のものはないということを念頭において。
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| VEST By tomo 2005/02/12 |
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そう思っていた。 所詮バイクに乗っているのは、私自身であり、 楽しい一日も憂鬱な一日も、自分の心の在り方で変わるものなのだ、 と改めて認識した一年だった。 同じ空間に居るはずの人たち みんな心の在り方によって写る景色、 感じる思いは 人それぞれ 全く違うのだと。 ベストとか関係無しに 一緒に楽しんでくれる人がいる事が嬉しい。 と同時に、ベストだけ欲しがっている人や持っているだけで満足な人がいる事が悲しい。 この1年私は何が出来ただろう、そしてこれから私には何が出来るだろう… いろいろ考えた、時間だけが闇雲に過ぎた… で、思った結論は単純。自分が楽しまなきゃ何も始まらない。 そうだ、今年は去年以上に沢山走ろう、磨こう 楽しもう。 本年も宜しくお願いします。 H17.2.12 ASPHALT COWBOY tomo |
| 私はバイクが大好き! Showchan 2004/03/20 |
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| ◆ 〜 出会い、別れ、そして今 〜 ◆ KING 2004/03/01 |
想い起こせば、18年前、何時もの様に仕事を終え、スタンドバーの片隅でー人、飲んでいると、 (60年代じゃ〜あるめ〜に)リューゼントに、ツッパリ眼鏡のサングラス排気音を轟かせ、やって来た奴。 この男(元○○族の頭をやって、かなり暴れ回っていたらしい)石○○この男との出会いが、眠っていもんに火を点けた。 会う度にバイク談議に花が咲き、店のマスターのバイク好きもあって マスターの紹介でHONDA750、YAMAHAビラーゴ1100と乗り継いで、 柏のBIKUショップ○○のショールームで数台のピッカピカのカスタムHARLEYに魅せられて、 1週間通いつめゲツト、念願の鉄馬fxstc初代も半年で事故り・・つぶし 2代目はfxsts、ホワイトにエァーブラシ、ハイカム、ミクニ42キヤブ、ドラックスタイルでメーター振り切り、かっ飛んでいた。 その頃、今は亡き飯田君(レーサーと呼ばれていた男)との出会う 彼は、他のクラブで走っていたが、彼と出会った時は、もう馬鹿が4人でチームを組む (1般道レースじゃあ〜あるめ〜に!中年暴走族と呼ばれ走りに誘っても2度目は何故か来なかった) 彼は何処か他の奴とは、違っていた。 何故か気が合い、リッターマシンに乗りながら、ハーレーのグローブ、コンチョの付いたウォレットをお揃いでウェスタンブーツまで・・・ そして御大との出会い、やっとハレーの仲間出来たと思ったら,一緒に一度も走らぬうちに 御大は、リッターマシンに乗り換えて、若い者達の先頭を走っていた。 (共に走り語り合い、バイクに対する熱い思い知る程に、−時は、理想クラブを夢に奔走した) 3代目4代目の鉄馬と乗り換えた。 そんな時、風の噂で御大が、ファットボーイに、乗ってるらしいと知り、何度か店を訪ねたが、なかなか会えなかった。 (御大は海外に会社を設立、仕事に専念)) そんな折、ドドォド〜ォ特有の排気音あの飯田がブラックハーレで俺の前に、とつぜん現れた。 是をきっかけに2度目の御大との出会い、思えば、これが飯田君が御大との堅い絆を結ばせてくれたもの。 チャプター活動に、力を貸してくれと言われ、二つ返事で引き受けて、今のACを立ち上げるきっかけと成る! 多くの仲間との出会い、そして別れ・・・ (10人寄れば10色、独りひとりの生き方も感性も、違う者どうし、纏めて行くは至難の技) 他から、どんな風が吹こうが吹くまいが〜 鉄馬並べて何処吹く風よ 素晴らしき仲間達 [君の名はバイク乗りASPHALT COWBOY」 By KING |
| ◆ 〜 YOSHIの想う事 〜 ◆ |
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| ◆ 出会い、そして別れ ◆JACK 2004/02/23 |
| 昨年の二月、私の父親が脳梗塞で倒れ入院騒ぎ、そんな時、病に伏せっていた長年の友から 『クシダさんとバイクで走ってたころが夢のようです。ありがとうございました。』と一通のメールが届いた。 今になって思えば、まるでそのメールは遺書のような内容だった。 彼とは私が通っているバイク屋さんで1996年の夏に出会い一緒に走るようになり 彼の所属していた地元の疾風と言う名のクラブで私はゲストとして参加することになる。 集合場所に行って見ると、会長は仕事の都合で参加出来ないというのに見送りに来てくれているのです。
そして彼に聞いて見ると 『アキタ会長は、自分は参加することが出来なくても、あたりまえのように
朝のミーティングだけでも見送りにだけでも来る人だ』 『そして皆がツーリングから帰って来ると必ず打ち上げにも顔を出す人だ』 と語ってくれました。 そして会長が私に 『今日は参加できなくて申し訳ない!私もハーレーが好きでハーレーに乗っているクシダさんが 来るというのを聞いて一緒に走るのを楽しみにしていたのですが残念です!また次回も来て下さい』 と言うのです。
その時、『この人と走りたい』 と思ったのです。
その疾風の会長を務めていたのが現在のKINGこと我らのアキタ相談役であります。
後で聞いた話であるが彼は当初、街ののバイク屋さんのクラブで走っていたが
アキタさんのクラブの走りや、会長の面倒見の良さ、人格に惚れ、いつも一緒に走るようになったそうです。 それから月に一度の疾風のツーリングだけでなく、毎日でもバイクに乗りたい走りたい私達は毎週のように一緒に走るようになったのですが、
何故か私とアキタさんは直接連絡を取り合うことが無く、いつも彼が私と走る時にはアキタさんを誘い、彼がアキタさんと走る時には私を誘う
不思議なパイプ役が数年続いたのです。
そのような中、時々、彼は居なくなりました。まったく連絡が取れなくなるのです。
心配になりアキタさんに聞いてみたら「彼は病を持っていて時々、入院してるんだよ」「ハイになりすぎちゃう病気だよ」
「それでも体の調子の良い時はバイクが好きで乗っているんだよ」と言う事でした。 しばらくして私の店にも頻繁に遊びに来るようになり、彼の方から自分の病のことを話し、相談してくるようになりました。 精神の病を恥ずかしいと思い隠していた彼が病に対して前向きに良い方向に変わってきたのです。
何度か話を聞いていると病の原因というか、きっかけが分かりました。
仕事にも恵まれ、そして愛していた女性と結婚した矢先の彼女の裏切り行為による離婚でした。
まだ未練があるのにもかかわらず、彼女の幸せだけを考えて、
不倫相手に『宜しく頼みます』と文句一つ言わず身を引いたのです。
それから彼は寝ることも惜しむように仕事に専念したのだが
昼間はハイになるのを薬で抑えて夜は夜で強い睡眠薬を飲まないと眠れない彼になってしまったようです。
バイクに乗っている時の自分のカッコイイところだけを見せるのでは無く
『早く良くなり仕事もして恋愛もして社会復帰をしたい』と言うようになったので
バイク以外の私生活のことなども、お互いにアドバイスをしたり励ましあう関係になりました。
その頃、彼はGSXR1100に乗り、私も最速の国産リッターマシーンに乗り継いでいたが
体感的スピードが早く、合法的なスピードでも楽しめるように現在所有のファットボーイに乗り換え
彼にも、体調に良く、ゆっくり走っても心地よいハーレーを勧めました。
でも、なかなか頑固な彼は同じVツインOHCエンジンのドカテイ400のボアアップしたのを買って来たのです。
しょうがないから、ぶっちぎってやりました。そしたら今度は900を買ってきました。(笑
またまた、ぶっちぎってやったら『ハーレーって乗る人が乗ると、早いんだな・・ゆっくり乗っても面白いし・・』 と彼は言ってくれました。
その足で私の通っているハーレーの正規販売店に連れて行き、彼に内緒で勝手にドカの下取りの値段、値引きも決めておいた見積もりを 見せたら 『ほんとに、こんなに高く下取りしてくれるの??』 『値引きも、こんなに・・・』 と喜んで契約書にサインです。
その正規販売店のチャプター(ハーレーオーナーズクラブ)のデレクター(代表)を任され、役員構成を一任されていた私は、
彼をロードキャプテンに推薦しました。
ロードキャプテンとは、ツーリングの企画をしたり先導をしたりと、走る時の最高責任者です。
彼は快く役を引き受けてくれて、第一回チャプターツーリングには納車待ちで参加出来なかったものの
第二回目から体調を崩すまでの約二年間、素晴らしい活動をしてくれました。 その間、以前からのバイククラブ仲間のウスイ君にアシスタントデレクター(副代表)の役を、
そして秋田さんにも申し訳なくも副代表の役を快く引き受けて頂き現在に至ります。
ハーレーオーナズクラブ活動を通して、私達は大勢のバイク乗りと知り合いになり、多くの信頼し合える仲間も得ることが出来ました。
彼と私にウスイ君の三人は月一の定例ツーリングだけでなく毎週のように走りました。
そして、ウスイ君の憧れていた岩城○一のクラブのように少数精鋭で 全員、高級な黒の皮ジャン、皮パン、チャップスに揃いのジェットヘル、 そして寒い季節には黒のノースフェースのダウンを。 時間をかけてでも良い物を一つ一つ揃えていこうとなりました。 そこに、アキタさんが加わり、また彼がパイプ役となり、また一人と波紋のように拡がってていったのです。
現在のHARLEY DAVIDSON BIKERS ASPHALT COWBOY の原点は此処にあり、
彼が居なくては有り得ないものだと、私は確信しております。 それから彼はハーレーに縁し念願の恋愛も仕事もして社会復帰を果たしましたが
自分の判断で薬の量を減らし、体調を崩してしまい、手や体が勝手に動き出すようになりバイクに乗ることが出来なくなりました。
バイクに乗れなくなる事は、彼にとって一番辛いことでしょう。
そんな時に医者から 『貴方の今の症状を治す薬は、ありません。勝手に薬の量をへらしたりしたから罰が当たったんだ』 と言われ
絶望し、後日家族が出かけるのを見計らって自ら命を絶ちました。
家族から亡くなった知らせがあった時には、言葉もでませんでした
医者なら・・もっと彼を励ます言葉もあっただろうに・・・
私の父親は動かしたくても半身、手も足も動かない・・・
ご飯を食べても口からボロボロとコボレて話す言葉もままならず、
下の世話もしてもらわなければ垂れ流し・・・
メールが来た時、飛んで行ってれば・・・と、悔やまれます。
告別式に彼の遺言どうりに 『火葬が始まったらエンジンをかけて下さい』 『最後の別れの言葉は、ハーレーの音色でお別れしましょう』 その通りに、天まで届けとばかりに、エンジンが悲鳴を上げるまでアクセルを回し 最後にアイドリングが奏でる心地よい音で終わりました。 それは、涙は出ない、出る余裕無い突然の友との別れでした。 Yoshihiro 、君は何を思い、そこまで何を考えていたんだよ・・・ あれから一年・・・
君が何時も傍にいた時にはあたりまえのようで とくに感じることも無かったがけど いなくなって初めて君の偉大さを知ることが出来たよ。 心から 『ありがとう』 と伝えたい 君は本当にスゴイやつ 病と闘いながらもバイクに乗り続け
人と人とを結び付け
人に喜びを与えてくれていたスゴイやつ
こんなスゴイやつが我らMCにいた事を忘れないで欲しい MC HARLEY DAVIDSON BIKERS ASPHALT COWBOY 設立の土台を創った男がそこにいたことを
『君の名は バイクの乗り ASPHALT COWBOY NO.1 Yoshihiro iida 』 私がバイクで出かける時には、今でも君が隣りで笑いながら一緒に走っている。 アキタさんも、そうだろう ウスイ君も、ともちゃんも、そうだろう 後日、家族の願いも有り 彼の乗っていたハーレーは、彼の専属メカニックであり、カスタムアドバイザーだった、私の息子が乗ることになる。 彼の意志を継ぎ、彼の愛用のシンプソンのヘルメットをかぶり サンダーヘッターの音色を響かせて絆深き仲間達と走っている。 あの時の、あの音色のままに・・・ 『今でも貴方のバイクは進化をし新車のようにピカピカです』 『そして仲間達と一緒に走ってます』 『貴方を慕っていた若者達が意志を継ぎ、大切な絆をさらに深めています』 『心から、ありがとう』 2004/02/23 by JACK
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| ☆ 絆 ☆ tomo 2004/02/20 |
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御大が、『ASPHALT COWBOYメンバー心得』を謳った。 そして、皆の熱い思いを形に残したくて『一生もん』の『VEST』を作った。
『ASPHALT
COWBOY』は、MCとして堂々と名乗れる
絆を作るのは難しい。絆を作る・また深める為のコミュニケーションが必要だ。
付き合いをしてくれる仲間が私は大好きだ。 得るもの学ぶものが大きいクラブは、自分自身を成長させてくれる。 これからも、そんな付き合いが出来る素敵な関係や出会いを大切にしていきたい。 |
| ◆バイクに乗って35年、満50歳を迎えての独り言◆ JACK 2004/02/19 | |
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| ◆ MC ◆ tomo 2003/10/28 |
仲のよいもの同士が集まってMCを作った。もうすぐVESTが出来上がる。 VESTが有ろうと無かろうと、MCをクラブ組織として発展させるには 各々が自覚を持って活動しなくては何年経ってもMCの真似事に過ぎないと思う。 『ASPHALT COWBOY』はMCとして堂々と名乗れるクラブの中の1つに なりつつあると私は思う。MCに必要なものとして仲間の絆があると思う。 新規メンバーなどすぐに絆を作るのは難しい。絆を作る、また深めるための コミュニケーションが必要だ。 得る物、学ぶ物が大きいクラブは人間ひとりひとりを成長させていくと思った。 H15・10・28 ASPHALT COWBOY tomo |
| ◆ HAPLEY DAVIDSON BIKERS ASHALT COWBOY ◆ tomo 2003/02/22 |
ASPHALT COWBOY を名乗る上で、言葉の組み合わせだけで考えれば 「ASPHALT COWBOY」 も単なる単語の集まりに過ぎませんが、 御大は、この言葉の持つ意味を BIKER・・・・バイク乗りと捉えました。 長年のバイク人生の中で、出会った多くの仲間達と、同じ想いを持つ者達が、 様々な組織の枠を超え、連絡を取り合い、友好関係を深め、 楽しく走る為に、ASPHALT COWBOY の名のもとに!MC CLUB を。 そんな熱い思いが私達の 「 HARLEY DAVIDSON BIKERS ASPHALT COWBOY 」 なのです。 これからも、喜びも悲しみも、共に心に刻める 素晴らしいクラブにしていきましょう。
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